長期投資の話の中で、
必ず出てくる言葉があります。
「設定したら、あとは寝てろ」
「設定だけしたら、口座は見るな」
こんな話も、
諸説ありますがあったりします。
証券口座の成績を調べてみたら、
いちばん成績が良かったのは、
口座の存在を忘れていた人と、
すでに亡くなっていた人だった。
面白い話です。
そして、意外にも、
その通りだと思っています。
毎日の値動きを見て、
上がった、下がったと売り買いを繰り返すと、
だんだん成績が悪くなっていく。
そういう研究も、あるくらいです。
ただ、私は
「口座を見ないこと」は、
絶対に正しいとは思っていません。
見ないでいれば、
たしかに、売りようがない。
でも、それは。
強いのではなく、
ただ、関心がないだけなのかもしれません。
毎日、口座を見たところで、
運用成績が上がるわけでは、ありません。
だったら、
恐怖で売りたくならないように
口座を設定したら見ない。
それも一つの正解なのかもしれません。
では、なぜ私は見るのか。
なぜ、見ない事を正解だと言えないのか。
その答えは、
暴落を見ないためではなく、
暴落を理解するためだと思っています。
ある朝、目が覚めたら。
株価がすごい勢いで下がっている。
ニュースでは、
聞いたこともない言葉が飛び交っている。
口座を見ないと決めていても、
きっと、
色々なニュースで取り上げられて
普通の人は見てしまうと思います。
そんな時、
何も見てこなかった人には、
何が起きているのか、分かりません。
なぜ下がったのか。
これは、いつか戻るのか。
このまま、ゼロになるのか。
分からないまま、
数字だけが、減っていく。
分からないものは、こわい。
怖いからこそ、逃げたくなる。
そして、
「設定して、寝ていた」はずの人が。
その一回で、
すべてを売ってしまうのです。
亡くなっていた人の成績が良かったという話。
あれは、
その人が強かったのではなく、
売れなかっただけ。
暴落の日に、
売る手も、
ニュースを見る目すらも、
持っていなかったという話。
でも、私たちは、生きています。
スマホも、指も、持っています。
株式投資をしていれば、
全く見ないというのは難しいでしょう。
だから、
「死んだつもりでいれば大丈夫」は
生きている私たちには、
使えない戦略なのだと思います。
だからこそ、私は
毎日、見ています。
今日はどの業種が上がって、
どの業種が下がっているのか。
そして、それはなぜなのか。
自分なりに、考えるようにしています。
「雇用統計だったな」
「戦争のニュースや原油価格の話があったな」
「金利の話があったな」
「決算だったな」
その原因を考えて、これから先どうなっていくか。
自分の頭で考えるようにしています。
ただ、
その理由は、きっと今も、
正しくないのだと思っています。
株価というのは、
本当に、いろいろな要素が交じり合って、
上がったり下がったりを繰り返しています。
金利・為替・政治・戦争
企業の決算・人々の気分
そのすべてを、
きちんと説明できる人なんて、
きっと、どこにもいないのではないか。
そう思うほどです。
それでも、私は考えます。
なぜなら、
当てるために、見ているのではないからです。
こう考えながら、相場と向き合っていると
「それなら、こうなれば戻るだろう」
そんなふうに、
自分なりの筋道が立てられるようになります。
すると、
ゆっくりと、持ち続けることができる。
正しく読めなくても、いい。
読もうとし続けることで、
「待てる」ようになる。
私にとっての「見る」は、
たぶん、そういうことなのだと思います。
これは、
仕事に似ているかもしれません。
新しい仕事を教わるとき。
「この順番で、こうやってください」
と、手順だけを教わることがあります。
その通りにやれば、
たしかに、仕事は回ります。
でも、その人が
段々と先輩になっていくうちに
「もっと効率よくできないか考えてほしい」
と上司に言われたとします。
そんな時に、手順だけ教えてもらった人は
なぜ、この工程があるのか。
飛ばしても大丈夫なのか。
それとも、
絶対に外してはいけないものなのか。
判断が、できない。
一方で、
なぜこの工程があるのかを、
考えて、調べて、教えられて
分かった上でやっている人は、
ここは省いていい。
ここは、絶対に外せない。
そう、判断ができます。
新しいやり方を提案されても、
それがいいものかどうか、
自分で考えられる。
同じ作業をしていても。
手順だけを持っている人と、
意味を持っている人では、
まったく、別のことをしているのです。
私は、株も同じだと思っています。
「毎月、積み立てる」
その手順だけを持っている人は、
暴落の日に、
その手を続けていいのか、
やめるべきなのか、分かりません。
でも、
なぜ積むのかを分かっている人は、
下がった日にも、
同じように、積めます。
むしろ、
「安く買えるのだから、ありがたい」
そう思えることさえ、あります。
同じ「積立設定」でも、
知らずに積んでいる人と、
知って積んでいる人では。
いざという時に、
まるで違うのだと思います。
ただ、
ここだけは勘違いしてはいけません。
「落ちている時こそ買い、上がるまで待とう」
と思えるのは
指数に投資しているから、です。
世界中や、
その国の会社を、まとめて持っている
インデックス投資だからこそ、
全体が落ちている理由さえ掴めれば。
「これは、いつか戻るだろう」と、
待つことができます。
これが個別の会社の株なら、
話は、変わってきます。
その会社の不祥事や、
経営そのものが傾いていくような場面では。
待つのではなく、
手放さなければいけない時も、
出てくるはずです。
必ず見た方が良いとまでは言いません。
見れば、心が動きます。
上がれば嬉しく、
下がれば、少し沈む。
見なければ、
その揺れとは、無縁でいられる。
だから、
「見ないほうが向いている」という人が、
いるのも、よく分かります。
ただ、私は
分からないまま持っているほうが、
ずっと、こわい。
自分が何を持っているのか。
それが、なぜ増えたり減ったりするのか。
それくらいは、
分かったうえで、持っていたいのです。
見るけれど、いじらない。
日々の確認は、
売り買いをするためではなく、
理解を、少しずつ積むため。
積み上がった理解は、
数字には、出てきません。
でも、いつか
みんなが青ざめている日に、
自分だけが、
いつも通りに、積み立てている。
そんな形で、
そっと返ってくるのだと思っています。
私は、自分のお金を投資している以上は
どんな商品に投資しているのか
知っておいてほしいなと思っています。
・お昼休み、後輩のNISAの話|銀行員の人に勧められたやつです。
※もちろん、長期の積立投資では、
日々の値動きを過剰に気にしないことも大切です。
実際に、つみたて投資枠は
「ほったらかしでもいい」と言われることがあります。
ただし、それは
「完全に放置していい」という意味ではなく、
定期的な確認は必要だと説明されています。
コメント